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1101号室の宿敵 番外編

  • 執筆者の写真: 南ひかり
    南ひかり
  • 2020年5月23日
  • 読了時間: 6分

■雪の家族へ結婚挨拶に来た話



 こんなに緊張するのはいつ以来だろうか。

 しかもそれが実家に帰るだけだというのに、最寄り駅に着いた瞬間ピンヒールが折れてしまいそうな勢いだった。

「おい雪、タクシー使うぞ」

「え? でも歩いて五分ぐらいだし」

「足、震えてんだろ」

 ――気づかれてる。

 どうして蓮はそんなに平常心でいられるのだ。むしろ自信に満ち溢れたその表情、いっそのこと見習いたいぐらいだ。

 つい先日、互いのプロポーズとなったあのアカデミー授賞式の一件は、蓮の勝利に終わった。それを皮切りに蓮も吹っ切れたのか、私が悔しさを噛みしめる間もなく「挨拶に行くぞ」とだけ言われ、ぽかんと目を丸くしたことを思い出す。蓮のご家族とはパリで何度か食事をしているが、そういえば自分の家族には紹介していなかったのだ。

 あまり帰りたくなかったが、別に不仲というわけではない。むしろパリに行くときも家族は快く送り出してくれたし、結婚するとなれば祝福してくれるだろう。なにせ相手はあの東條蓮なのだ。

 大丈夫だとは思いつつも、それでもやっぱり緊張はする。あの蓮がいつもの全身真っ黒コーデをやめて新しい白シャツに袖を通し、きっちりとネクタイを結ぶぐらいの大事な一日。大丈夫だとは願いつつも、もしも反対されたらどうしようか。恋人がいるとは伝えていたが、あの東條蓮だとは一言も伝えていなかった。


 心の準備をする暇もなく、タクシーは自宅の前で停まった。

 母好みの、愛情をこめて丹念に育てられたガーデニングはいつ帰ってきても華やかだ。色とりどりの花々が咲き、ふわりといい香りがする。

 とうとう帰ってきてしまった。ちらっと蓮を見上げるが先ほどと変わらず表情ひとつ変えていない。

「……緊張してないの?」

「してねえ」

「もしダメだって言われたりしたらどうするの」

「んなもん認めてもらえるまで誠意を示すに決まってんだろ」

 ――今ちょっと惚れ直したかもしれない。

 良くも悪くも自信に満ち溢れた蓮は本当にいつも通りで、逆にほっとする。

 そっか、そうだよね。最初から怖気づいてどうするの。蓮の言う通り、こんなことで悩んでいる方が時間の無駄だ。三十歳手前から、度胸と勢いだけでここまでやってきたのだ。

 いざインターフォンを鳴らそうとした瞬間、気配を察したのかちょうど玄関扉が開いた。

「お姉ちゃんお帰り! ……と、えええええええええ東條蓮!?」

「桜、ただいま~……」

 第一声は妹――鮎川桜の悲鳴だった。

 予想通りの反応だ。妹の悲鳴を聞きつけて、ぞろぞろと家族が押し寄せてくる。

「東條蓮!?」

「東條蓮!?」

「東條蓮!?」

 示し合わせでもしたかのような反応だ。ただでさえ予定の合わない両親、兄妹が集合するとは聞いていたが全員揃うのは本当にいつ以来だろうか。昔はみんな忙しさに追われ冷ややかな一面もあったが、大人になってまた少し家族としてのつながりが出てきたような気がする。

「賑やかな家族だな」

「あはは……」



 パリの受験と同じぐらい一世一代の覚悟だった今日は、想像以上にあっけなく終わった。

 蓮は普段の横暴な態度からは考えられないほど丁寧な口調で両親に挨拶を済ませたあと、「未熟者ではございますが、大切な鮎川雪さんとのご結婚をお許しいただけますでしょうか」と、深々と頭を下げた。

 沈黙もなく、両親は即答で了承。母親に至ってはすぐにサインを求めていた。

 そうして本当に驚くほどあっけなく、結婚の挨拶は終わったのだ。



「……いや、さすがに拍子抜けだわ」

 さすがはトップレンのデザイナー、東條蓮。

 身近すぎて忘れていたが、改めてその知名度の凄さと信頼を思い知った。

 夕食を終えこのまま帰るつもりだったが、母の言葉もあり結局一泊していくことになった。

 バスルームからリビングへ戻ってくると、蓮は楽しそうに私の両親と談笑中だ。パリの学校時代から薄々感じてはいたが、公私混同せず立てる人間はきちんと立てる。本当に社会人としてもしっかりしていると思う。とはいえ、生徒と教師の関係を忘れて、迫ってくることも多々あったが。

「ねえお姉ちゃん」

「ん? どしたの?」

 背後からすっと桜が顔を出す。何か言いたそうに目を泳がせながら、ちらっと上目遣いで見上げてきた。昔から変わらないおねだりの顔だ。さては母と同じく蓮のサインが欲しいのか、それとも次のピアノコンサートで着るドレスを作ってもらいたいのか。

「あのね、私……ずっと謝りたくて」

 だが桜の言葉は、想像もしていないものだった。

「謝る? なにが?」

「昔、お姉ちゃんが作ってくれたドレス……着たくないって言ったの覚えてる?」

「ああ、あったねそういえば」

 中学生の時、初めて作ったドレスで本当に酷いものだった。妹が着たくないのも当然だっただろう。今にして思えば本当に申し訳ない気持ちでいっぱいで思わず苦笑する。

「……ずっと後悔してたの。お姉ちゃんが高校卒業して服飾学校に行かなかったのは私のせいじゃないかって……私がお姉ちゃんの夢を潰してしまったんじゃないかって」

「桜……」

「……だから、ごめんなさい」

 きゅっと唇を噛みしめて桜が俯く。涙を堪えているようにも見えた。

 ――そっか、そうだったんだ。桜もずっと気にしていたんだね。

 でも違うの。桜のせいじゃない。だから謝らなくていいの。あれは私が自分を信じてあげられなかっただけ。きっと十八歳の私では厳しい現実に叩き潰されて、結局諦めていたと思う。

「馬鹿ね、そんなことずっと気にしてたの? 桜のせいじゃない、私はなにも後悔してないから」

 普通の大学を出て、普通に就職してそして蓮に出会った。

 諦めていた夢と再び向き合い、今だからこそ挑戦することができた。

 ――蓮がいたから、ここまで来られた。

「……次のコンサートのドレス、お姉ちゃん作ってくれる?」

「任せて。とびきり可愛いやつ作ってあげる!」

 桜のその言葉に、最後のしがらみがようやく消えてなくなったような気がした。

 人生は不思議だ。

 目を背けて忘れたかった過去が、こうして未来に繋がっていくことがある。

 思いもよらない出会いで人生が変わることがある。

 涙をこらえて笑顔を向けると、桜もにっこりと微笑み返してくれた。

「私たちもあっち混ざりにいこっか」

「私、蓮さんのサイン欲しい!」

「言うと思ったわ」

 くすっと笑って蓮の元へ踏み出す。蓮が振り返ってやわらかく微笑み、手招きをする。

 けれど私より先に妹の方が飛び出して、みんなの笑い声が響いた。

 そこには幸せな未来が、広がっていた。



おわり



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・あとがき

妹はずっと後悔していたので、姉妹の確執をどうしてもきちんと解決させてあげたかったお話です。本編序盤のとおり雪には家族に対していろんな葛藤がありましたが、今はみんな仲良くやっていると思います。


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